ディレクターを志すも、いつしか映像プロデューサーに

AOI Pro.で5〜6年ぐらい勤めた後、今度はMVなどを多く手掛けているオクナックという制作会社に移りました。音楽が好きだったこともありまして。今のkoe Inc.に入ったのは、その次です。

ただ、最初からプロデューサーを目指していたわけではありません。最初に目指していたのはディレクターでした。しかし、ディレクターの仕事を間近に見ているうちに、自分にはあんまり向いていないと思ってきたんです。そもそもディレクターは狭き門ですし、どうやってなったらいいのかわかりませんでしたし。

それでも、そのうち制作スタッフとしてステップアップしていって、オクナックに在籍していた頃にはプロデューサーとして仕事をするようになっていました。プロデューサーとして初めて作品を担当したのは、27歳頃だったと思います。

こうして振り返ると、アルバイトで現場に出たときにAOI Pro.からオファーをもらえたことが、プロデューサーになるうえでのターニングポイントだったのかなと思います。ただ、決して素質を認められたというわけではなく、単純に人員が少なかったから声をかけてもらえたのでしょう。



自分が映像プロデューサーになれたワケ

大切なのは、当たり前のことをこなす「普通の人」であること

「映像制作」と言うと、ディレクターやカメラマンなど、わかりやすい職業が人気ですよね。特に学生にとっては。僕も学生時代には、プロデューサーと言われてもよくイメージできませんでした。ですから、映画やMVを撮っているディレクターなどのわかりやすいところにまず人は行きやすいんじゃないかなと思います。そういう仕事は、割といろいろな会社が募集しているので、興味がある人はぜひチャレンジしてみてください。ただ、クリエイティブな才能や撮影・編集の専門技術などが求められる部分も多いため、先ほどもお話ししたように、そういう仕事は「狭き門」かもしれません。実際に、制作現場を回っていた時は、こういう仕事は自分には向いていないなと多々感じていました。先輩などにもあれこれとすごく怒られたものです。もちろん、そういう指導から学んだスキルなどは、今のプロデューサーという仕事にも活きていますし、そこで勉強していなかったらプロデューサーになれなかったんだろうなあとも思いますが。

しかし、基本的にプロデューサーという仕事には、そこまでクリエイティブな才能は求められません。むしろ、「普通の人」に向いている仕事なのでしょうね。もちろん、何の長所もない普通の人という意味ではなく、「当たり前の生活がしっかりできる人」「上手に生活できる人」という意味です。そういう「普通の人」であることが、プロデューサーという仕事をするうえではとても大切なポイントになると思いますね。

僕の場合は、そういう「普通」がしっかりできていたから、巡り巡ってプロデューサーという仕事に行きつけたんじゃないかなと思っています。大きなお金を管理する仕事でもあるため、普通のことではありますが、きちんと計画性を持って管理できなければいけません。ですから、それこそ学生時代にお小遣いやバイト代を無計画に散財してしまうような人には向いていないと思います。僕自身も若い頃は多少は無計画だった部分もありましたが、大人になるにつれて整えていきました。そのほかにも、約束をきちんと守ったり、仕事に支障が出ないよう素早く関係者に連絡したりすることも大切です。そういう普通のことが最初からできると、プロデューサーになるうえで絶対に有利でしょう。



須貝さんが思う映像プロデューサーに求められるもの







頼られる映像プロデューサーであるために

普通の会社員である取引先の目線を大切に

普通の会社員である取引先の目線を大切に

同じクライアントに何度も仕事を依頼していただけていますが、このように頼っていただけるのも、普通のことを当たり前にこなしてきたからかもしれません。僕はアーティスティックでもないし、プロデューサー然ともしていませんが、そういう普通の人だからこそ、クライアントと付き合いやすいのでしょうね。TV CMのクライアントはもちろん、代理店やメーカー、レコード会社の人も、会社員です。そういう人達と同じ目線、同じ感覚でいるからこそ、仕事を進めやすいと感じてもらえるのかもしれません。

たとえば普通の会社員は定時が決まっていて、19時ぐらいには退社するわけじゃないですか。僕らプロデューサーはそのあたりの時間の常識が弱く、19時に退社する人に向けて「20時ぐらいまでにチェックしてください」などというメールを送ったりしがちです。普通の会社員からしたら迷惑ですよね。

だからこそ僕は、普通の感覚を持って仕事をしていこうと思っていますし、プロデューサーとして、そこがポイントになってくると考えているんですね。



執念で高いクオリティを出し、効率でビジネスを追求

「執念」と「効率」も、プロデューサーとして大切なポイントです。映像を制作するうえでは、より高いクオリティを出すためにも、まず執念を持って取り組むことが重要だと思っています。仕事を受けたからには、執念を持ってきちんと作って終わらせる。きちんと仕事して、きちんと自分で納得したものを納品して、先方にもきちんと納得してもらうためには、粘り強い、諦めない心が欠かせません。

「あともう少し追求したら絶対にクオリティが上がるのにな」という時に、妥協せずに頑張れるかどうか。そういう姿勢がポイントになってきます。これは撮影現場はもちろん、それ以外の場面でも同様です。資料をきちんと作れば撮影はよりうまくいきますし、少しでも早く先方にレスポンスすればやり取りもスムーズになりますし。徹底的な根性論というわけではありませんが、そういうひとつひとつの執念が、全体のクオリティを上げていくうえで大切だと考えています。

ただ、ビジネスという観点では、執念ばかり重視するとなかなかうまくいかないところも出てきますよね。だから、やはり効率も大事だと思うんです。効率を意識すれば、無駄な工程なども改善できるものです。納期を守るとか、お金をしっかりやりくりするとか、そういう面でも効率の視点が欠かせません。

さらにプロデューサーは、アーティストやタレントなど、いろいろな人に仕事をお願いする立場でもありますから、多忙な人の迷惑にならないよう効率的に話したり、人に効率よく動いてもらうために合理的に考えたりすることも大切です。



執念と効率のバランスが大切




映像プロデューサーを目指す人へ

映像プロデューサーになりたいなら、まず貯金しましょう。やっぱり普通の金銭感覚を身につけたほうがいいと思うからです。プロデューサーになると、それこそ数千万円単位のお金を預かるんですね。貯金をして金銭感覚を養っておかないと、感覚も狂ってしまいかねません。あとは、ひとつでもいいから自分の好きなことに夢中になってみてください。たとえばゲームに熱中していればゲームの仕事をこなしやすくなるし、音楽に夢中だったらMVが作りやすくなるし、食べるのが好きだったらお客さんを美味しいレストランに連れて行きやすくなる。どのようなことであれ、きっとプロデューサーという仕事に活きるはずです。






『はちゃめちゃわちゃライフ!』で読み解くMV制作

MV制作のワークフロー

序盤の企画やスタッフィングにとりわけ身を入れる

今回は、FRUITS ZIPPER『はちゃめちゃわちゃライフ!』を例に、MV制作の舞台裏をお見せしたいと思いますが、まずその前にワークフローから確認しておきましょう。

最初のステップはクライアントからのお声掛けです。そしてオリエンにて、「こういう曲のこういうMVを撮りたい」という要望を確認。この時点で、ある程度ビジョンが見えている場合もありますが、まったくないこともあり、その場合は曲を聴いてイメージを膨らませたりします。それをもとに具体的な企画を詰めて、作品のテイストを考慮しながらディレクターなどのスタッフィングを行いますが、お金の制約などがあるなかでベストな調整をしなければいけません。新しいスタッフを採用する場合もよくあります。「あのカメラマンよかったよ」「あのスタッフすごく優秀だよ」などという噂を参考にしながら。そしてスタッフが固まったら打ち合わせを行い、続いてクライアントとも打ち合わせて、「GO」が出れば撮影。その後に編集を行い、納品に至るという流れです。

プロデューサーとして特に注力するのは、やはり序盤のオリエンや企画、そしてスタッフィングですね。ただ、スタッフィングが完了すると、その人たちにある程度お任せできるので、撮影以降はそれほど手がかかりません。とはいえ、トラブルなどがあった場合に対応できるように準備しておくのも、プロデューサーの大切な仕事です。








制作初期から明確だったイメージをそのままカタチに

キービジュアルの世界観を拡張したコンセプト設計

ここからは、『はちゃめちゃわちゃライフ!』の資料をもとにMVの制作過程を振り返っていきましょう。これらの資料は先ほどのワークフローでいうと、撮影前のクライアントとの打ち合わせ時のものです。

曲だけ渡されて「これに合うMVを作ってほしい」と依頼される案件もありますが、このMVでは制作初期の段階から、かなり具体的なイメージを要望として出してもらえました。基本的なコンセプトは、「ジャケット撮影時のキービジュアルの世界観を踏襲する」というもの。「あのセットを使ってもらいたい」とか、「CGで部屋のような空間を作りたい」とか、かなり事細かに出していただきました。

TVアニメ『クレヨンしんちゃん』の主題歌になることもこの時点で決まっていましたね。こうしたクライアントの要望や設定を踏まえて、曲や歌詞も参考にしつつ、ディレクターと構想を固めていくんです。今回はかなりイメージが明確でしたから、資料に落とし込むのもスムーズでしたね。

そのほかに意識していたのは成長著しいFRUITS ZIPPERの現状です。FRUITS ZIPPERのMVとして僕が手掛けたのは今回で3作目ぐらいになるかと思いますが、アーティストとしての人気が急上昇していて各メンバーが忙しくなってきていますし、制作規模も大きくなってきていますので、それにふさわしいMVに仕上げたいという気持ちがありました。

FRUITS ZIPPERの曲は毎回のようにバズって話題になったりするわけじゃないですか。ですから、こちらとしてもバズって話題になるようなMVを生み出したいなという心構えで臨みました。ただ、映像プロデューサーの仕事はMVをバズらせることではなく、バズらせるのはあくまで運営サイドの仕事だとは思いますので、そこを過度に意識しないようにはしています。


MV全体のコンセプトプラン。ジャケットのキービジュアルを拡張したような、カラフルでポップな世界観を提案している。




MVのテイストはどう考える?

今回はFRUITS ZIPPERというアイドルのMVの制作でしたから、もちろんアイドルらしく可愛く演出してあげたいと意識しながら臨みました。ただ、「アイドルはこう撮ろう」とか、「バンドはこう撮ろう」といった固定観念はありません。そういったジャンルよりも、アーティストそのものの個性に寄り添うことが大切だと思っています。さらに、長くMVを手掛けているアーティストなどの場合、毎回決まりきったテイストというわけでもありません。前回のテイストを踏まえて、今回はあえてちょっと違うことする、という工夫も必要ですから。いつもアーティストの現在地を考えて、「今回はこういう風にしたらおもしろいんじゃないですかね」などと提案するようにしています。






ダンス&ソロリップパート

ダンス&ソロリップパートでは、セットが増えるというか、拡張されています。キービジュアルの世界観と同様の美術セットなんですが、MV用にバージョンアップしたイメージですね。こうすることで、さまざまなアングルから撮影できるようになりました。また、ダンスは1/2倍速のスロー音源で撮影したあと、倍速にしてノーマルに戻すことで、カチャカチャとしたおもちゃみたいな感じに見えるように演出しています。

ちなみに、このように作品の方向性が明確に決まっている場合でも、それと別にディレクターがしたいことも出てくるわけですが、そこをうまく調整して調和させる作業もプロデューサーの大事な役割です。ディレクターが挙げてきたアイデアがちょっとずれていると感じた場合も、「こちらのほうがいいのでは?」などと軌道修正しなければいけません。予算にも限りがありますから、その中でうまく収まる落としどころを探る必要もあります。


ダンス&ソロリップパートのプラン。美術セットのイメージや、ダンスパートの撮影方法、照明の当て方などを掘り下げている。




VFX

クライアントから部屋のような空間を作りたいと要望があり、VFXで実現することになりました。この方向性はスタッフィングの前にもう出ていまして、こういうVFXを盛り込むことを前提として、適したスタッフを起用しています。今回は使っていませんが、仮にドローンが必要になった場合は、ドローンに長けた人を呼びますね。このように、スタッフィングも制作内容と密に関わってきます。


VFXのプラン。コミカルでおもちゃのような3D空間を斜めから見下ろすイメージを具体化している。







美術セット

美術セットについては、寸法やデザインも含めて具体的に詰めておきます。ジャケットのキービジュアルでは四角い床だけのセットでしたが、MVでは五角形にしているうえ、後方に壁も作って拡張しました。このような美術セットは、美術スタッフと相談し、撮影で必要になる要素を割り出したうえで設計していきます。今回のMVでは、やはりダンスもポイントのひとつですから、そのあたりの見せ方や撮影アングルなども考慮して、このような形にまとめました。





小道具

小道具も、FRUITS ZIPPERの各メンバーのテーマカラーを意識しつつ、かなり具体的に固めておきます。使用シーンを想定しておくことも欠かせません。


マイクにはリボンをあしらい、スタイリングのアクセントとして撮影に取り入れている。




スタジオ

スタジオは都内や東京近郊などに限られており、空いているか確認を入れる程度で確保できます。ロケ地を探す場合は、ディレクターが求める場所を探します。



今回は東映東京撮影所を使用。駐車場や支度場などもわかりやすいよう明記しておく。




撮影香盤表

撮影香盤表は、各メンバーごとの動きに合わせてメンバー単位で設定します。これが大きくずれてしまうと、全体のスケジュールも遅くなりますし、時間の設定は結構キッチリと固めておかなければいけません。メンバーだけでなく、さまざまなスタッフに時間の都合を確認して、綿密に調整しておくことが大切です。


撮影香盤表はメンバーごとに5分単位で設定。セッティングや衣装の詳細まで明記されている。







印象に残っているエピソード

信頼のおけるベテランスタッフを多く起用

今回のMV制作で特に印象に残っているのは、同い年ぐらいのスタッフが中心だったことですね。僕は現在39歳なのですが、ディレクターも同い年でしたし、カメラマンとか照明スタッフも40歳前半で。それこそ僕が10年ぐらい前に一緒に仕事をしたりご飯を食べたりしていたような、実績も経験も積んできたベテランが揃ったんです。 FRUITS ZIPPERのMVは、これまでいろいろなディレクターが撮ってきましたし、若いディレクターを起用したことも少なくありません。でも今回の撮影は、昔からMVなどをたくさん撮ってきた実績のあるスタッフでやりたかったんですね。

この当時、FRUITS ZIPPERは人気にすごく勢いが出てきていて、すでにかなり有名だったのですが、今後もっとメジャーになっていくだろうなと思っていました。だからこそ、そういうメジャー感のある映像が作れるスタッフを集めたかったんですね。

そういう撮影では、綺麗に女の子の魅力を引き出せるかどうかはもちろん重要ですし、 FRUITS ZIPPERも多忙ですから、きちんとスケジュールや時間を守れるかどうか、責任感を持って仕事に臨めるかどうかも重要です。そういうことをきっちりこなせる、気心の知れた信頼のおけるスタッフでやりたかったというのが結構大きいかなと。期待どおりの作品に仕上がったのは、こうした「普通のこと」を確実にこなせるベテランスタッフのおかげですね。

ちなみに今回のMVでは、社外のディレクターを起用しました。社内のディレクターよりも社外のディレクターのほうが、今回の内容やイメージに合うと思ったからです。具体的には、CGに強いディレクターがいいなと個人的に思い、社外のディレクターでCGを上手に扱える人を探すことにしました。このように、作品の規模や内容に合わせてスタッフィングにこだわったことが、今回の制作における大きなポイントだったと思います。



映像プロデューサーのおもしろさとは?

映像プロデューサーという仕事のおもしろさは、何でもわりと仕事につながるところにあるのかもしれません。それこそご飯が好きだったら、食べ物のCM作りに活かせますし、クライアントやアーティストにおいしいご飯を教えたりもできますよね。友達と旅をするのが好きなら、スケジュール作りなどに活きるでしょう。そういういろいろなことが意外と仕事に活かせるし、逆にプロデューサーという仕事で学んだことを生活に活かすこともできます。このような生活と仕事の相乗効果が多く得られるのは、プロデューサーならではの魅力かもしれません。